セラピスト
YUKI
インタビューを始めると、YUKIさんは少し硬くなった声で挨拶をした。
その直後、ふっと力を抜くように言った。
「あることないこと喋ろうと思います」
すぐに自分で笑い、「あることだけ喋っていいですか」と言い直す。
真面目な話が続くと、冗談を挟む。カメラを向ければ変顔をつくり、褒められると話をそらす。けれど、相手の表情や声の変化を、細かく受け取っている。
この日は、街を歩きながら話を聞いた。
暑さを避けて店へ入り、食べ物を分け、何度も道を確かめる。質問と回答を順番に重ねるのではなく、歩き、食べ、迷い、ときどき立ち止まる。その時間の中で、YUKIさんの言葉は広がっていった。
自分で選んだ名前のこと。人との話し方が分からなくなった学生時代。子どもへ勉強を教えていた頃。人の良さを探すこと。現在の仕事で、誰かの緊張がほどけ、言葉にしにくかったことが少しずつ語られる瞬間。
話題は何度も脇道へそれた。けれど、その奥にあったのは、目の前の人を一つの見方で決めつけず、その人自身が進めるよう、歩幅を合わせることだった。
ただの自分
今回の記事で使用する名前について尋ねると、迷わず「YUKIでお願いします」と答えた。
これまで、生活する場所や関わる相手によって、いくつかの名前を使ってきた。
生まれたときに与えられた名前。インターネットや仕事で使った名前。誰かとの出会いの中で手渡された名前。
どれか一つだけが本物なのではなく、どの名前も、その時々の自分とつながっている。その中から、今の自分を記録する名前として選んだのが「YUKI」だった。
名前は、書類の欄を埋めるためだけの記号ではない。誰かに呼ばれ、自分がその声に振り返るための言葉でもある。今回、その名前を自分で選んだことにも、今の自分をどう残したいのかという意思が表れていた。
以前は、周囲からどう見られるかを強く意識していた時期があったという。
服装や化粧も、自分が好きだから選ぶというより、「こう見えた方がよい」という基準へ合わせる部分が大きかった。
その考えを変えたのは、かつて身近にいた人から伝えられた、「そのままでいい」という言葉だった。
可愛くありたい日も、格好よくありたい日もある。以前から好きだったものを、すべて手放す必要はない。何を身につけるかは、自分で決めればいい。
周囲が期待する姿へ近づくのではなく、自分で選んだ姿でいる。YUKIさんは、そうした感覚を話していた。
自分を隠している感覚があるかと尋ねると、YUKIさんは答えた。
「もう自分です、これが。ただの自分です」
何かの型へ近づいた結果ではない。周囲へ合わせ続けることから離れた今の自分を、YUKIさんは「ただの自分」と表した。
失った声
今の自分を「ただの自分」と表せるようになるまでには、人との距離や、自分の振る舞いに迷った時間があった。
小学生の頃、YUKIさんの周りには自然と人が集まっていた。
教室にあったピアノを弾くと、誰かが別の楽器を取り出し、別の誰かが歌い始める。昼休みになれば、友達と一緒に外へ飛び出した。
人間関係のつくり方を意識しなくても、ピアノの周りには自然と輪ができ、いつの間にかその中にいた。
成長するにつれて、人間関係は男女に分かれ、一緒にいる相手や、そこで期待される振る舞いも変わっていった。
YUKIさんは、その中で自分がどのように話せばよいのか分からなくなったという。
「友達の作り方が分からなくなったんですよ」
話したいことがなくなったわけではない。
自分にとって自然な声や振る舞いが、周囲からどのように受け取られるのかを先に考えるようになった。
何を話すかよりも、どう振る舞えば浮かずに済むのか。どちらの輪に入ればよいのか。
そこへ意識を使ううちに、以前は自然にできていた会話が難しくなった。
高校では、制服を着ることで、自分の望みとは別に、周囲から期待される役割がいっそう明確になったと感じていた。
「手錠をかけながら遊んでるみたいな。自由ではなかったなと思いますね。」
学校生活に楽しい出来事がなかったわけではない。
勉強し、部活動にも参加した。周囲と笑う時間もあった。けれど、楽しい場面の中にも、周囲に合わせて振る舞う窮屈さが残っていた。
当時は、自分が何に苦しんでいるのか、自分でもうまく説明できなかった。
分からないものに名前をつけられないまま、気持ちだけが取り残されていった。
その後、自分より先に、似た悩みと向き合ってきた年上の人と出会った。
その人は、これまで当然だと思っていた枠組みだけが、すべてではないと伝えてくれた。
自分の気持ちを否定しなくてよいこと。別の見方から自分を考えてもよいこと。自分を別の名前で呼ぶ選択肢もあること。
答えを与えてくれたのではない。
自分について考え始める入口を示してくれた。
過去について話している途中、YUKIさんの声と表情が静かに沈む瞬間があった。
学生時代のことは、これまでにも何度か人へ話してきたという。すでに語った経験だからといって、痛みまで薄れているとは限らない。
「苦しかったことを、もう一回しゃべるのは、ちょっと嫌だなと思いますね」
過去を言葉にできることと、何度でも平静に語り直せることは同じではない。話すたびに、その頃の感覚が戻ってくる。
それでも、YUKIさんは続けた。
「苦しそうに話してるっていう表情も含めて、自分やと思うんで」
明るく笑う顔も、言葉が重くなる瞬間も、どちらも今のYUKIさんにつながっている。
軽やかな面と、言葉にするだけで痛みが戻る面。その両方を、自分の一部として語っていた。
人を見る
YUKIさんは、人を見ることが好きだという。
笑ったとき、どこにしわが寄るのか。食べるとき、どんな表情をするのか。そこには、その人が何を楽しみ、どんなときに安心するのかが、ふと現れる。
文字だけで交わす会話では、言葉の選び方や返事までの間に目を向ける。声だけで話すときは、声の高さや、言葉の途中に生まれる間へ耳を澄ます。
外見から受ける印象だけでは、その人が自分をどう見ているのかまでは分からない。自分を肯定しているときの表情には、他人の基準では測れない魅力がある。
「誰が点数をつけるわけでもないから」
YUKIさんは、冗談めいた口調で自分のことを「可愛い」と言う。
そして、同じまなざしを他人へ向けている。
良さは、分かりやすい長所だけではない。本人が欠点だと思っている部分にも、見方を変えれば魅力がある。足りないものとして片づけず、その人の中にある別の面を探す。
「本質って、分からないですよね」
仕事の顔、外で見せる顔、家で一人になったときの顔。 人には、それぞれいくつもの顔がある。表情や声から受け取れるものがあっても、それがその人の全体だとは限らない。
YUKIさん自身も、相手が見ている自分は「氷山の一角」だと話す。
だからこそ、目の前に見えている一面だけで、その人を決めつけない。
その人の良さを探すのと同じように、無理をしていないかにも目を向ける。
表情が少し曇る。笑っていても、どこか無理をしているように見える。言葉では「大丈夫」と言っていても、身体には力が入っていることがある。
それでも、感じたことを事実として決めつけるわけではない。
分からなければ、尋ねる。分からないまま決めつけず、相手の言葉を待つ。
自分が見られる側になると、YUKIさんは少し違う表情を見せる。
カメラを向けると、大げさな変顔をつくった。撮影が終われば、何事もなかったように元の表情へ戻る。真面目な話はできる。けれど、自分へ視線がまっすぐ向けられると、冗談を一つ挟む。
その照れもまた、この日に見えたYUKIさんの一面だった。
隣を歩く
YUKIさんにとって、人を見ることは、そこで終わらない。相手を理解したつもりになるのではなく、どこで立ち止まっているのかを探し、その人自身が進めるよう、関わり方を変えることでもあった。
家庭教師として子どもと向き合っていた頃、YUKIさんが大切にしていたのは、目の前の問題の答えだけを教えることではなかった。
「塾に入れたら賢くなるわけじゃなくて、自分で勉強できるようにさせるのが家庭教師だと思ってます」
一つの問題が解けても、数字や条件が変われば、同じ方法では解けないことがある。
似た問題を何度も試し、少しずつ難しさを加える。どこで分からなくなったのかを一緒に探し、自分で次の方法を考えられるようにする。
国語なら言葉の向こうにある意図を読み、数学なら必要な考え方を選ぶ。教科の知識だけでなく、自分で考える方法を身につけてもらう。
YUKIさんが渡そうとしていたのは、答えそのものではなく、答えへ近づくための道筋だった。
休憩時間には、生徒とゲームをすることもあった。
教える側と教えられる側として向き合い続けるのではなく、一度、同じ目線へ戻る。一緒に遊ぶ中で、机へ向かっているときには見えなかった表情が現れる。少し息を抜いてから、また勉強へ戻った。
生徒が高校へ合格したと聞いたときは、自分のことのように嬉しかったという。
YUKIさん自身も、学生時代には、周囲から置いていかれたように感じていた。
何が分からないのかさえ分からない。周りは先へ進んでいくのに、自分だけが同じ場所に立っている。
その感覚を知っているからこそ、子どもを分からないまま先へ進ませたくなかった。相手に代わって答えを出すのではなく、子ども自身が次の一歩を見つけられるよう、つまずいた場所から一緒に考えた。
その関わり方は、現在の仕事にもつながっている。
ただ、現在の仕事を選んだ最初の理由は、人を癒すことではなく、生活を支えるためだった。
正社員の仕事を辞めたあと、手元のお金が減っていくことへの不安があり、実家へ戻る選択も現実味を帯びていた。けれど、そこでは周囲から求められる姿へ合わせながら働くことになると感じていた。
生活を立て直しながら、自分の気持ちに反しない形で働ける方法を探した先に、セラピストとしての現在の仕事があった。
見知らぬ相手と会うことへの怖さもあったという。けれど、働く中で、自分が相手へ向けた力が、安心や癒しへ変わる瞬間に気づいていった。
初めて会う相手が、少しずつ緊張を解いていく。固かった表情が緩み、身体の力が抜ける。普段は言葉にしにくいことが、少しずつ語られる。
YUKIさんは、その手応えを「変換効率」という言葉で表した。
身体に触れたとき、相手が一瞬こわばる。力が抜ける。呼吸が変わる。
言葉にされていなくても、身体は何かを伝えている。
「会話ではあると思うんですよね。体と体で」
相手から返ってくる反応を受け取りながら、距離や力を変えていく。一方的に何かを与えるのではなく、その人が安心できる時間を一緒に探す。
家庭教師と現在の仕事では、扱うものも、相手との関係も異なる。
それでも、答えを代わりに与えるのではなく、相手の反応を受け取りながら、その人自身が進めるように関わり方を変える。その姿勢は、どちらにも共通していた。
折れる余白
他者の選択を尊重する一方で、YUKIさん自身も、自分で選ぶことの重さを引き受けてきた。
自分で選んだ姿で生きることを、YUKIさんは「ハードモード」と表現した。
周囲から期待される形に合わせていれば、目立たずに済むこともある。けれど、自分が着たい服を着て、望む姿で外へ出れば、向けられる視線も大きくなる。
「自由と責任って、やっぱ比例してると思ってて」
自由になることは、周囲の反応が消えることではない。YUKIさんは、自分で選んだ姿で生きる以上、その反応とどう向き合うかも自分で考えたいと話した。
以前には、自分を肯定できない時間もあった。だからこの言葉は、明るい自己肯定の宣言というより、何度も選び直してきた末の言葉として聞こえた。
ただ、自分を肯定することと、自分の考えを絶対の正解にすることは違う。
人に言われるたびに変えてしまうものを、信念とは呼べない。そう考える一方で、信念を持つことと、決して謝らないことも違うと話す。
「折れないプライドって、ダサいと思うんですよね。折れるかっこよさってあると思うんですよね」
相手を傷つけたなら、まず謝る。
自分が全面的に間違っていると思えなくても、相手が傷ついたことは受け止める。
折れることは、自分の考えを捨てることではない。対話を平行線のまま終わらせず、次へ進めるための余白をつくることだった。
その柔らかさは、人を説明する名前や分類への慎重さにも表れていた。
名前、性別、職業、服装。
どれも、その人の一面を示すことはできる。けれど、一つの言葉だけで、人の全体を説明することはできない。
分かりやすい名前は理解を助ける一方、その言葉からこぼれる部分を見えなくすることもある。
自分はこの色だと一つに決めるのではなく、この色のときもある、別の色もあると考える。
選び直せる余白を、自分にも他人にも残しておく。
また、YUKIさんは、自分一人の力だけで現在へたどり着いたとは考えていない。
受け入れ、譲り、言葉を渡してくれた人がいた。自分の選択によって、誰かへ負担をかけた可能性も忘れたくないという。
変化を自分の強さだけで説明すれば、そこまでの道にいた人たちが見えなくなる。
「できる限り怒りたくないんですよね。優しくしたいんですよ。癒してあげたいんですよ」
自分も誰かに支えられてきた。その実感が、目の前の人へ優しくありたいという思いにつながっている。
けれど、他人へ向ける優しさが、そのまま自分を守る力になるわけではない。
相手には無理をさせたくない一方で、自分は限界まで頑張り、自分の痛みを後回しにしてしまうことがある。
人を癒す力と、自分を守る力は、必ずしも同じではない。それを、ただ「献身」という言葉で美しくまとめることはできない。
どこまで折れ、どこから自分を守るのか。その境界について、YUKIさんの答えはまだ途中にある。
今を残す
まだ答えの出ていない今を、どのように残すのか。YUKIさんは、自分の人生を一冊の本に例えた。
難しい本は、最初から最後まですべてを読み上げても、簡単には伝わらない。
だから、大切だと思うページを開き、言葉にする。それでも伝わりにくければ、自分なりの言葉へ置き換え、少し噛み砕いて説明する。
一冊の本から、どのページを開くか。
学生時代の苦しさだけを選べば、痛みの中にいる人に見える。現在の仕事だけを選べば、肩書きの中にいる人に見える。冗談だけを選べば、明るい人に見える。
どれも嘘ではない。
けれど、どれか一つだけでは、YUKIさんの全体にはならない。
この記事に、今の考えをこれから先も変わらない正解として残したいわけではない。
人と出会い、苦しいことや楽しいことを経験すれば、価値観は変わっていく。
今は大切だと思っていることを、未来には違うと感じるかもしれない。反対に、後から読み返して、やはり大切だったと気づくこともある。
記録は、自分を一つの形へ固定するためのものではない。
未来の自分が今の自分を読み返し、何を残し、何を手放すのかを、もう一度選ぶためのものでもある。
「今の私が思う、自分の大切なところ、残していきたいところは、そういう気持ちですね」
今の自分を残すことは、遠い未来の計画だけを語ることでもなかった。
目標を立てても、その通りに進めない日はある。そんなとき、YUKIさんは日々の中に小さな課題を置く。
遊びの中で目標を決める。いつもの行動に一手間だけ加える。できたことを確認し、次の一歩へつなげる。
明日へ進む感覚を失わないための、小さな区切りだった。
将来の計画が揺らぎ、本当にできるのか分からなくなることもある。それでも、未来を語る前に、今日をどう過ごすかがある。
取材を終えたあとも、二人で街を歩いた。
地図を見ながら進み、途中で道を間違え、来た道を少し戻った。
そのとき、YUKIさんは笑いながら言った。
「人生なんて、行ったり来たりの繰り返しなんで」
苦しさを説明できなかった時期も、周囲へ合わせようとした時間も、さまざまな仕事も、一直線につながっていたわけではない。
進んだと思えば戻り、戻ったと思っていた時間が、後から別の道へつながることもある。
「進んだり戻ったりしているうちに、だいたい自分の行きたい方向に進めているので。目標を失わないことですね」
小学生の頃、ピアノの周りには自然と人が集まっていた。失ったものもある一方、あの頃には分からなかった自分を、今は少しずつ言葉にできる。
すべてが解決したわけではない。
今も迷い、矛盾し、立ち止まることがある。
ー 今のYUKIさんが、これまでで一番よい状態なのでしょうか。
少し間を置いて、YUKIさんは答えた。
「そうです。きっと」
迷いのない断言ではなかった。だからこそ、「きっと」という言葉が残った。
編集後記
YUKIさんの話を聞いていて残ったのは、誰かの良さを見つけようとしながら、分かったつもりにはならない、その姿勢でした。
自分らしくあることも、優しくあることも、いつも迷いなく続けられるものではありません。進んだり戻ったりしながら、その都度、今の自分を選び直していく。
今回の取材は、その途中にある言葉を残す時間になりました。
