ブランド戦略ディレクター
Mai
ブランド戦略ディレクターとして、事業者の伴走型サポートを行うMaiさん。
事業を届けるために必要なものは増えている。けれど、何をどう形にすればいいのか、自分ひとりでは分からなくなる瞬間もある。費用をかけても、思いが反映されないことがある。急ぎたいのに、時間だけが過ぎていくこともある。
Maiさんは、そうした人たちのそばに立ち、想いや価値を届けるための土台づくりを支えている。
ただ、取材で見えてきたのは、肩書きだけでは語りきれない人物像だった。
子育て、仕事、家族、失敗、人との距離感。その一つひとつを、Maiさんは立ち止まりすぎず、かといって雑に流すこともなく、自分の足で進んできた。
「失敗しても、学べばいい」
そう話す声には、ただの前向きさではない、現実を知っている人の軽やかさがあった。
まず動く
「失敗したら、学べばいいと思ってる」
Maiさんは、軽い感じで言う。けれど、その軽さは、何も考えていない人のものではない。
できるかどうかを長く考え込むより、とりあえず動く。動いてみて、うまくいかなければ、そこで学ぶ。そうすれば、次にどうすればいいかが見えてくる。
取材の中で、Maiさんは何度も「動く」という感覚に近い言葉を口にしていた。
それは、勢いだけで前に進むということではない。失敗を知らないから動けるのではなく、失敗しても終わりではないと知っているから動ける。
「動かなかったら損だと思う」
そう言い切る声には、強引さよりも、実感があった。
人は、何かを始める前に立ち止まることがある。 失敗しない方法を探したり、もう少し準備ができてからと思ったりする。
その間にも、時間は少しずつ過ぎていく。Maiさんが見ているのは、失敗することの怖さよりも、動かないまま終わってしまうことの方だった。もちろん、動いた先で思った通りにいかないことはある。 痛い目を見ることもある。Maiさん自身も、過去に大きな失敗や、思うようにいかなかった経験をしてきた。
けれど、その経験を「終わり」にはしない。何が違ったのか。 何を見落としていたのか。 次はどうすればいいのか。そうやって考えれば、失敗は自分の中に残る。
やらなかった後悔より、やって学んだ経験の方が次につながる。Maiさんの挑戦は、特別な決意表明から始まったものではない。
大きな夢を掲げて、一直線に進んできたというより、その時々で必要なことを選び、違うと思えば方向を変え、困ったらまた考えてきた。
その姿は、華やかな挑戦というより、生活の中で鍛えられてきた実践に近い。必要なときに動く。 困ったときに考える。 違うと思えば、次の方法を探す。
その積み重ねが、今のMaiさんをつくっている。
支える日々
Maiさんの話には、いくつもの仕事が出てくる。
家族の仕事を手伝い、自宅でサロンを始め、いくつかの仕事にも関わってきた。家のこと、子どものこと、仕事のこと。そのどれもが、きれいに区切られたキャリアというより、生活の中でその時々に選んできた道のようだった。
結婚当初、Maiさんは飲食に関わる家族の仕事を手伝いながら、子育てをしていた。そこではエステの仕事も並行していたという。
やがて双子が生まれ、外で働くことの難しさも出てきた。だから、自宅でサロンを始める。そこから整体師の知人との縁で、総合サロンの店長のような仕事にも関わる。
流れだけを追えば、かなり忙しい。子どもがいて、家があって、仕事が複数あって、それでも生活は止まらない。
さらに、子どもの成長とともに、お金がかかる時期もやってくる。進学、生活、将来の選択。親として「我慢させる」のではなく、どうにかして行かせてあげたい。その思いから、Maiさんは新しい仕事にも踏み出していく。
本当にやりたかった仕事だったかといえば、そうではなかった。 けれど、その時のMaiさんには、動く理由があった。
生活のため。家族のため。子どもたちの選択肢を守るため。
そうした現実の中で、Maiさんは複数の仕事を担いながら、日々を回していった。
「今だから笑ってるけど、当時何も苦だと思ってなかった」
この言葉は、強がりには聞こえなかった。大変ではなかった、という意味ではない。お金もかかる。時間も足りない。身体も動かさなければならない。それでも、当時のMaiさんにとって、それは「やるしかないこと」だった。
だから、苦労として抱え込むより、その時々で必要なことを一つずつ引き受けていった。子どもたちのこと。生活のこと。自分にできること。それらを選びながら、Maiさんは日々を進めていた。Maiさんの行動力は、特別な場所で生まれたものではない。毎日の生活の中で、必要に迫られながら育ってきたものだ。
だからこそ、言葉だけの前向きさでは終わらない。動くことが、日々を支える方法だった。そして、その日々が、今の仕事につながる土台になっている。
家族の形
生活を支えるために動いてきた日々の中には、いつも家族との時間があった。その話をたどっていくと、Maiさんの家族との向き合い方が見えてくる。
一緒にいる時間が長いことだけが、夫婦の形ではない。 常に隣にいることだけが、安心の証ではない。Maiさんは、そんな距離感で夫婦関係を語る。
「別に一緒にいなくてもつながってるから」
その言葉は、冷たさではなかった。 むしろ、信頼があるからこそ距離を保てる、という感覚に近い。
夫婦であっても、同じ人間になるわけではない。気になるところも、受け流せるところも違う。 一緒にいれば、どうしてもぶつかる瞬間はある。だから、相手を自分の形に合わせようとはしない。近くにいることだけで関係を保つのではなく、それぞれが自由でいられる余白を大切にする。
自分も自由でいたいし、相手にも自由でいてほしい。 干渉しすぎない。必要なときには話す。でも、相手のすべてを自分の思い通りにしようとはしない。
それは、夫婦の関係だけでなく、子育てにもつながっている。
Maiさんは、子どもを頭ごなしに否定しない。 何かを叱るときも、「何が危ないのか」「なぜいけないのか」を伝える。子どもだから分からない、と決めつけるのではなく、一人の人として話す。
何に怒られているのか分からないまま叱られれば、子どもは感情をぶつけるしかなくなる。でも、「これは危ないことなんだよ」と理由を前提に話せば、子どもにも届きやすくなる。Maiさんは、そうした感覚を持って子どもたちに向き合ってきた。
子どもには、学級委員や部長、生徒会のように、責任を持ってやり抜く経験もさせてきた。 みんなが嫌がることもあるかもしれない。でも、その役割につくことで、周囲を見渡す力が育つ。社会に出てから必要になる感覚が、学校生活の中にもある。
Maiさんにとって、教育とは、点数や肩書きだけの話ではない。社会に出たときに、自分で考え、人と関わり、責任を持って動けるか。その土台をつくるものだった。
子どもへの向き合い方と同じように、夫婦関係でも、Maiさんは違いを前提にしている。性格が違う。育ってきた環境も違う。 考え方も違う。だからこそ、つまずいたら話し合う。
100%すり合わせることは難しい。 それでも、話し合えば歩み寄ることはできる。違うまま一緒にいるために、その都度、どこで折り合えるかを見つけていく。
Maiさんの家族との向き合い方には、近さだけでは測れない信頼がある。その距離感の中に、Maiさんらしさが表れていた。
転機の時
Maiさんの仕事の流れの中で、大きな転機になった時期がある。
家族の仕事に、これまでとは違う形で関わることになった頃のことだ。母は、ある年齢を区切りに引退したいと話し始めていた。一方で、子どもには将来レストランをやりたいという夢があった。
その夢がいつか形になる日まで、事業をどう残していくのか。 誰が、その間をつなぐのか。
考えていくうちに、Maiさんの中で「自分が入るしかない」という答えが少しずつ定まっていった。最初に見えたのは、これまでのやり方を大切にしてきた事業の形だった。来てくれる人が来てくれればいい。周りの観光地に頼る。
そうした形でも続いてきたものの、建物は老朽化し、もし周辺の観光地が変わったらどうなるのかという不安もあった。
現場を見て、Maiさんは「このままだとまずい」と感じた。
地域や外部の動きと連携しながら、新しい受け入れ先になる道はないか。
そんな時期に、地域の中で新しい受け入れの相談が入る。簡単な話ではなかったが、Maiさんは「とりあえずやってみる」方向に動いた。結果として、そこに新しい流れが生まれた。
しかし、その後にコロナ禍が来る。事業は大きな打撃を受け、廃業も考えるほどの危機的状況になった。続けるのか。やめるのか。どう動けばいいのか。
Maiさんはまた、その現実の前で考えることになる。
一度動いたから終わりではない。動いた先でも、次の判断が必要になる。その時間は、Maiさんにとって、変化の連続を知る時間でもあった。この経験は、今のMaiさんの仕事観に強くつながっている。
ただ「頑張ればなんとかなる」と言うのではない。
動けるところから動く。Maiさんの「まず動く」は、無計画な勢いではない。状況を見て、必要な人とつながり、できることから形にする力でもある。
流れの先へ
これまでの経験から得た感覚は、今の仕事にも残っている。
Bloom studioの話に入るとき、Maiさんは「仕事」と「お金」の関係について話していた。
仕事には、もちろん対価が必要だ。生活していくためには、お金を稼がなければならない。けれど、Maiさんにとって、仕事はお金だけで説明できるものではない。
「楽しくなければ仕事じゃない」
その言葉にある「楽しい」は、ただ好きなことだけをするという意味ではない。
相手にとって、本当に必要なことができているか。自分が関わることで、その人の未来に少しでも良い変化が起きるか。そこに、自分たちが動く意味を持てるか。Maiさんは、仕事をそういうものとして見ている。
その感覚の背景には、自分自身の経験がある。
自分の仕事を届けるために、言葉や見せ方を整えようとすると、思った以上に費用がかかる。外に頼んでも、自分が思っているものがそのまま形になるとは限らない。 修正を頼めば、さらに時間もお金もかかる。
それでも、納得できるものが返ってこないこともある。 大きな企業なら、それでも回るかもしれない。けれど、小規模事業者にとっては、一つひとつの判断が重い。今すぐ出したい。でも、形にできない。想いはある。でも、届け方が分からない。
そういう場面に、Maiさん自身も触れてきた。さらに、事業を始めると、さまざまな営業の連絡も入ってくる。もちろん、そのすべてが悪いわけではない。
ただ、今の段階で本当に必要なのか。その費用をかけるべきなのか。何を優先すればいいのか。
判断できないまま、必要以上に費用をかけてしまう人もいる。Maiさんは、その難しさを知っているからこそ、小規模事業者のそばに立ちたいと感じるようになった。
きれいな制作物をつくるだけではない。その人が何を大切にしているのか。何を届けたいのか。今、本当に必要なものは何なのか。そこを一緒に見ていくこと。
今の仕事は、Maiさんにとって、その考えが少しずつ形になり始めている現在地でもある。
相手の想いや価値が、必要な人に届く形を考えること。そのために、必要な人と組み、必要なものを選び、できるところから整えていくこと。
そこに、Maiさんの仕事の芯がある。
一人では形にしきれないものを、別の誰かが形にできることがある。Maiさんにとって必要なのは、ただそばにいてくれる人ではなく、共に動ける人なのだと思う。
「仲間は欲しいけど、友達いらない」
その言葉だけを切り取ると、少し強く聞こえるかもしれない。でも、その奥には、Maiさんなりの人との向き合い方がある。何でも話せる関係を増やしたいわけではない。誰かに自分の問題を丸ごと預けたいわけでもない。
仕事のことは、仕事を分かる人に。専門的なことは、専門家に。自分だけではできないことは、できる人に。 すべてを一人に背負わせるのではなく、それぞれの役割で関わる。冷たく見えるかもしれない。でもそれは、人を遠ざけるためではなく、関係を壊さないための距離感でもある。
友達ではなく、仲間。群れるのではなく、目的でつながる。その感覚が、Maiさんの仕事にも表れている。
一方で、Maiさんは対価を軽く見ているわけではない。
無料で何でもやる関係では、どこまでが仕事なのか、線引きが曖昧になってしまうこともある。お金が発生することで、お互いに責任が生まれる。仕事としての線が引かれる。
お金だけではない。でも、お金を否定もしない。
相手のために動くこと。自分たちも無理なく続けられること。その両方があって、はじめて関係は続いていく。その現実感があるから、Maiさんの仕事観は、きれいごとだけでは終わらない。
そしてその現実感は、Maiさんが口にする「なんとかなる」という言葉にも通じている。
なんとかなる
取材の終盤、Maiさんは一休さんの言葉として知られる「大丈夫、なんとかなるさ」という考え方が好きだと話してくれた。
困ったとき、苦しいとき、不安なとき。それでも前向きに動いていると、助けが入ることがある。声をかけてくれる人が現れる。必要な情報が入ってくる。次の道が見えてくる。
それは、偶然だけではない。自分が動いているから、チャンスに気づける。差し出された手を受け取れる。周囲が良い方向に動き出す瞬間を逃さずにつかめる。
そう話すMaiさんの言葉には、ただ明るいだけではない重みがあった。人生の時間は決まっている。その中で、どれだけ後悔しないで生きていけるか。やりたいことを、どれだけ先送りせずに動けるか。Maiさんの中には、そんな時間への感覚がある。
子育てについても、同じようなことを話していた。子どもと一緒にいられる時間は、長いようで短い。100年生きるとしても、子どもと濃く関われる時間は、そのうちの限られた期間でしかない。
だからこそ、悩みすぎているうちに過ぎてしまう時間を、できるだけ楽しみたい。
もちろん、子育ては簡単ではない。思い通りにならないこともあれば、感情が揺れることもある。それでも、子どもに対して誠実でいること。しっかり目を見て話すこと。分からないと決めつけず、伝えること。Maiさんは、その一つひとつを大切にしてきた。
それは、仕事にも、人間関係にも通じている。
目の前の相手に誠実でいる。必要だと思えば動き、失敗したら学ぶ。Maiさんの挑戦は、大きな夢を語るものではなく、もっと日常に近い。
生活の中で、家族の中で、仕事の中で、その時々にできることを選んできた。
困ったら相談し、分からなければ分かる人に聞く。
楽しいと思える方向へ少しずつ進む。その積み重ねが、いつの間にか誰かの支えになっている。
強く見える人にも、迷いはある。明るく見える人にも、現実を見てきた時間がある。Maiさんの言葉の奥には、その両方があった。
軽やかに笑いながら、でも確かに自分の足で進んできた人。そして今度は、その経験を使って、誰かの可能性を引き出そうとしている人。
Maiさんの物語は、成功談ではない。失敗を避けてきた人の話でもない。
失敗しても、動きながら、自分と周囲の未来を少しずつ変えていく。
その歩みは、これからも続いていく。
編集後記
Maiさんの話を聞いていて印象に残ったのは、失敗を避けるのではなく、動きながら次の形に変えていく軽やかさでした。子育て、家族、仕事。その一つひとつは特別な成功談ではなく、目の前の現実に向き合いながら選んできた日々の積み重ねだったのだと思います。
